人生は選択の連続なので、いろんな場面で選択を迫られ、さてどれを選ぼうか自分の意志で「決断」を下さねばならない。
その決断を下すために必要なのが「覚悟」。
決断を下すことは、実は覚悟がなくてもできてしまうことを知っている。
覚悟なき決断をした後は、自分の意志がよく揺らぐし、ふわふわと楽な方に楽な方に流れて行ってしまい、ふと気づくと自分の座標がどこにあるのか分からなくなる。
覚悟ある決断をすると、その後困難が起きたとしてもそれは想定内。覚悟したときの自分の意志を思い出して、乗り越えることができる。
…乗り越えることができる、というか、「自分は覚悟して決断したのだ」という事実が自分にずっと呪文をかけ続けてくれるから、ちょっとやそっとの障害にぶつかったってかすり傷ひとつ負わない。無双モードに入っている感じ。洗脳状態ともいえる?
「覚悟をする」ことの大切さをひしひしと感じている、ちょっとセンチな、イースター休暇の真昼間。
自分の覚悟がなかったが故に、今まで何人の人を傷つけてきただろう。また、覚悟のない人に振り回されて自分はどれだけ傷ついてきただろう…。
何かを得るなら、同時に違う何かを手放したり諦めたりする必要がある。
得るものと手放すものが50:50みたいに、こんなにサッパリ半分こになるケースはないと思う。80得る一方20手放すだけで済んだり、逆に10しか得られないのに90を諦めないといけなかったり。
実に不平等・不条理な世の中なので、わたしより捨てずに生きていける人は大勢いると思うし、逆にわたしより色んなものを諦めて生きている人もたくさんいるだろう。
本当に欲するものを手に入れるために、
少々の回り道を覚悟をすること。
労働量が増える覚悟をすること。
命の危険が伴う覚悟をすること。
今までより不自由になる覚悟をすること。
周囲の誘惑や中傷に屈しない覚悟をすること。
覚悟のないままでは、本当に欲するものが手に入れられないことは勿論、元々持っていたものまでも手から零れ落ちていく。信用が少しずつ削げ落ちていく。
大切なものは、きっといつも目の前にある。
なにを優先しなければならないか、遠い縁より身近な縁。
すべてを同等に大切にすることはとても難しい。そんなことは不可能だと最初から決めておく方が良い。
自分が心から本当に欲するものは何か。
本当に欲するものを手に入れるために、適当にコマンド選択をするより先に、まず、まず「覚悟」をすること。
覚悟をもって選択することで、自分の意志に責任を持てるようになる。自分の意志に責任を持てると、自然と自信がつく。
わたしは、つい最近もちょうど覚悟して選択したところだ。覚悟を決めると、雑念がゴッソリ消えてくれたので心がスッキリしている。これは良い。
覚悟をするということは、自分の信念に従うこと。
不条理・不平等なこの世の中で万人に通ずる正解・不正解などはないので、自分自身は一体どうしたいのか、常に意識的に問うていきたい。
気高く生きていきたいね。
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